日本で昇華した按摩術

中国最古の医学書と言われている黄帝内経の素問の異法方宜論篇第十二には「故其病多綾蕨寒熱。 其治宜導引按驕。」,調経論篇第六十二に神気と気の不足に対して 「帝日。刺微奈何。 岐伯日。按摩勿繹。著鍼勿斥。移氣於不足。神氣乃得復。とある。その治療目的が明確に示されていることを示しているのが確認することが出来ます。

按摩は奈良時代中国から伝来したと伝えられている手技療法です。
日本最初の本格的な律令である『大宝律令』(大宝元年・701年制定)を修正して制定された『養老令』(養老二年・718年制定)の医疾令第二四には針博士・針師・針生、按摩博士・按摩師や按摩生の官職が設けられていたことが記されています。

按摩術はこの時代より医療の技術として用いられていました。
これは世界どの国でも同様でした。
唐時代の支那においては按摩術は導引[呼吸法]按驕[揉み療治]と呼ばれていました。

唐の時代は按摩博士という官あり、この術を教授していたようです。
その教えは今の按摩術と接骨術とを兼ね備えていたそうです。

宋の時代に按摩の科は廃止されました。
しかしの術は伝わり明代に編集された三才図会には身体図絵の部が7冊あり解剖図および按摩術の記述があるそうですが按摩術の記載は私は見つけられませんでした。
>>国会図書館デジタルアーカイブ三才図会

丹波康頼の医心方に養生の部に導引の術を説いています。
江戸期に入り按摩術は盲人の業となりました。
盲人が手技療法、鍼に加わったことで触覚による診断法がより進みました。
ここが日本の鍼の特色の後押しをしたと言っていいと思います。

明治期になるといままでの按摩療法に代わって、ヨーロッパに発達したマッサージ療法が輸入されると医療の中で行われるようになりました。
またあん摩の教育は、西洋医学的な教育法に改められました。

その後、古来からの按摩法やアメリカで開発された整体術(オステオパシィ、スポンディロテラピィ及びカイロプラクティック)並びに柔道の活法を基に指圧法が独自の手技療法として開発されました。

現在では手技三法となっています。
按摩療法は、現在では近代医学の理論に基づくマッサージ術と混じり合った感があります。
学校教育でも実際のところ境目が非常にぼけています。

昭和になり指圧療法が“shiatsu”として、長く育まれてきた按摩療法に替わって日本の手技療法として世界に受け入れられています。

※参考図書 通俗按摩術講話 /稲坂三吉 著

按摩を巡る旅に出かけた

ある時、按摩のルーツである杉山流を調べてみようと思った。
この度はまだ出発してみたが調べれば調べるほど道が見えなくなる。
まるで按摩が消えているが如しです。

続いていると思った按摩という表現が明治以降の文献では按摩=西洋マッサージにほぼ置き換わっていました。
本を取り寄せて調べて見たのですがやはりこの推測はそう間違いではありませんでした。

ただこれは按摩が無くなったとeうよりは按摩の技術はその時代時代に現れた技術を取り入れて日本風に変容したと思われます。
その証拠に江戸時代の按摩の風景があります。
これには裸で按摩をする風景が出てきます。

参考資料  鍼灸・手技療法史に関する研究 / 和久田哲司

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日本医道沿革考/河内全節 編
按摩法手技/アルベルト・ホッファー
家庭按摩読本/大友豊
按摩術全書/奈良徳太郎 著[他]

按摩の特徴

按摩の按という字は”おす”、”摩”という字は”なでる”という意味です。
マッサージ、指圧と共に手技三法といわれています。
按摩の最大特徴は「揉み」です。
特に拇指揉捏が按摩の特徴です。

体の中心から末端の方に向かって(遠心性)手技を進めるのが特徴と言われていますが実際の施術では臨機応変に行われています。
「筋揉み」ともいわれることがあり、経絡と呼ばれる筋の流れを中心に施術することが多いです。
按摩の施術者は指定の学校を卒業し、あん摩マッサージ指圧師の免許を受けなければなりません。

※あん摩指圧マッサージ師の免許は国家資格で指定された学校で学びます。

按摩の効果

鍼灸治療と同様に

– 血液循環の改善
– 内臓の機能調整
– 神経機能の向上
– 筋緊張の弛緩
– 疲労回復
などがあるとされています。

按摩とマッサージの違い

まず一般にマッサージとよばれているものは按摩の手技であることが多い。
あん摩マッサージ指圧は全て同じ生体反応を期待する手で行う刺激療法です。
違いは歴史と身体観察とアプローチが違います。

現場の資格者はこれらを総合し使いやすいように使用しています。

マッサージ
マッサージは、直接皮膚に行うことが多い。
医療現場、介護、美容、スポーツの世界で使われていることがほとんどです。
クリームなどの滑剤が使われることが多い。
介護の現場などでは、衣服の上から行うことが多い。
按摩
按摩は、衣服の上から行うことが多い。
治療院で使われている手技の大部分は按摩か指圧である。
按摩の大きな特徴は拇指揉捏。
揉みがあるのが特徴です。
経絡的に按摩を行っている人は、コリの虚実を補瀉を目安に施術する。

按摩の手技

按摩の手技は7つの技から構成されています。
  1. 軽擦法
  2. 揉撚法
  3. 圧迫法
  4. 叩打法
  5. 振せん法
  6. 運動法
  7. 曲手
1. 軽擦法
  • 手掌軽擦法
  • 二指軽擦法
  • 四指軽擦法
  • 指か軽擦法
  • 指端軽擦法
軽擦法の作用
皮膚の知覚神経を反射させ爽快感を与えます。
強く撫でる時は血液・リンパの循環が促進し新陳代謝を盛んにして分泌物と老廃物を取り除き
皮膚の感受性を調整します。
軽擦法は血行を促し浮腫の吸収を促進することが実証されています。
知覚神経に対しては、弱い軽擦法は機能を増進し、強い軽擦法は減退させます。
疲労した筋に行えば、疲労が速やかに回復します。
このように軽擦法には色々な作用があります。
皮膚は最大の臓器なので上手に軽擦法が出来ることはいろいろな作用に影響させることが出来ると行っても過言ではありません。
個人的にはこの軽擦法はなかなかムズカシイもので上手な先生は今まで何人もいませんでした。
揉撚法 (揉捏法/じゅうねつほう)
  • 把握揉撚法
  • 手掌揉撚法
  • 拇指揉撚法
  • 把撮揉撚法
  • 二指揉撚法
  • 四指揉撚法
  • 双手揉撚法
揉撚法/揉捏法は、按摩の手技で最も多く用いられる手技です。
経絡と呼ばれている筋に沿って行います(これを筋揉みと もいいます)。
揉撚法/揉捏法は習得が難しく、かなりの期間トレーニングが必要となります。
拇指揉撚法/揉捏法 は按摩の大きな特徴となっています。
圧迫法
  • 拇指圧迫法
  • 手掌圧迫法
  • 手拳圧迫法
  • 四指圧迫法
施術部を加圧して押す手法です。
按摩の圧迫法は、間歇的圧迫法と持続的圧迫法があります。
時間の長さで神経と筋肉の興奮と弛緩を調整します。
叩打法
軽快にリズミカルに叩く手技です。
  • 手拳叩打法
  • 手掌叩打法
  • 切叩打法
  • 合掌叩打法
  • 指頭叩打法
打力のリズム時間強弱によって効果が変わります。
適応の有無があります。
私は体質によって使い分けています。
振せん法
  • 手掌振せん法
  • 指端振せん法
  • 牽引振せん法
皮膚、筋肉、神経を興奮させ作用を盛んにします。
胃腸に行えば消化吸収が活発になります。
胸部に行えば肺活量が変化します。
牽引振せん法は関節部を引き伸ばすために行うことが私は多いです。
運動法
運動法は各関節に対して屈伸、牽引などを行います。
・矯正法(徒手矯正法)
※可動域を広げるために行われる。
・自力運動法
・他力運動法
※関節の強直、癒着を防ぐ。
・抵抗運動法
※筋肉の収縮力を強める。また萎縮を予防する。
曲手
按摩療法独特の手技です。
車手、突手、くじき手、柳手、横手、かみなり手、耳鐘の術、袋打の術などがあります。
実際に現場で使われているのは少ないかと思われます。
国家試験には必ず出ます。

 

按摩関連 メモ

江戸初期勢州(三重県方面)出身 林正且は按きょうを廃れるのを嘆き素霊書をさぐり
「按摩一身為導引行気」の術を究め 慶長元年「導引体要」を著す。
近江の人 喜多村利且 この術を伝える

肥州出身者 大久保道古 「古今導引集」を著す(国会図書館デジタルコレクションにジャンプ)
按腹図解(太田晋斎)を著す(国会図書館デジタルコレクションにジャンプ)
脇仲策 「導引口訣鈔」(京都大学デジタルアーカイブにジャ ンプ)
按摩は分かっているかぎりでは杉山流と吉田流が存在していた。
吉田流按摩(東京医療福祉専門学校に ジャンプ)

江戸の按摩術 杉山流按摩術

江戸期の按摩術に杉山流があります。
この第一人者の研究者が筑波技術大学保健学科鍼灸学専攻の和久田哲司先生です。
先生の研究によると明治時代には治療法は全て現代医学に基づく理論と刺激治療になっていたとみられ、残念ながら杉山流按摩術の伝統は面影もなくなっていたようです。

文献資料はあまりありませんが公益財団法人杉山検校遺徳顕彰会で資料が公開されています。

杉山流按摩術に関する初めての資料も発見されています。
『杉山真伝流按摩舞手』3冊合本です。

杉山真伝流按摩舞手
公益財団法人杉山検校遺徳顕彰会の勉強会で手に入れることが出来ます。

ちょっと刺激的な情報です。
この団体は現在も定期的に学術講習会を開催されているので機会があれば参加してみたいと思います。
さて江戸期の按摩ですが杉山流の創始者杉山和一が江戸で開業し「鍼治導引稽古所」を開きました。

この学問所で17歳辺りから50歳くらいまでの教育システムが存在していました。
按摩3年 鍼3年が基礎教育です。
教育システムは4段階に分かれ50歳辺りで試験に合格すると杉山真伝流の秘伝一巻が伝授されます。

日本の鍼灸は、戦後までこのシステムを受け継いでいたと思います。
鍼灸単科が出現して崩壊したように思います。

参考サイト

公益財団法人杉山検校遺徳顕彰会

按摩本とDVD

按摩の本は2冊あります。
お二人とも東洋鍼灸専門学校で教鞭を執られていました。
伏見富士子先生の本です。

主訴、経絡、その他身体を整える按摩療法のスタイルを紹介されています。
正しい経絡や経穴を按摩を通して理解していく、伏見式経絡按摩の講義内容をまとめた一冊。
按摩がイラスト写真でとてもわかりやすい!

伏見式経絡按摩 主訴、経絡、その他身体を整えて行く事によって人間の自然治癒力を導き出し良い方向へ持って行く経絡按摩。正しい経絡や経穴がわかるようになる、伏見式経絡按摩の講義内容をまとめた

こちらは25年以上東洋鍼灸専門学校で教鞭を執られていた戸ヶ崎正男先生のDVD付きの経絡按摩読本です。
こちらは実践的な按摩術というよりも触って分かる手を作る目的で作られた切経探穴のための按摩術です。
按摩から鍼灸に以降を考えられている方には最適な按摩術式です。

DVDでよくわかる経絡按摩 切経探穴のための手技 伝統医学における身体診察の基礎づくり

こちらは思うツボという本をDVDで撮られたと本ですので一緒に読まれるとより理解が深まります。

実践的な経絡按摩・関節運動法講習会のDVD
経絡按摩指圧の実践者の1人は南青山で活躍されている田中勝先生
の経絡按摩です。
医道の日本というところでDVDが販売されています。

>>>医道の日本

平成初めの頃に経絡按摩を世に唱えたのは田中勝先生です。
按摩自体経絡を目標にして治療しますが、按摩という昭和当時までマイナーなイメージを引きずっていましたので唱えることは非常に勇気のいることだと思います。
実践者の方にはこちらのDVDが手に入るようでしたなら強くオススメしたい。

按摩の参考資料

マッサージ医療の開拓者『富岡兵吉先生の思い出』と『日本按摩術』

明治・大正から昭和初期にかけて病院マッサージの開始者として、その基礎を築く一方、東京盲学校の教員として日本の視覚障害者の職業教育に携わってきた富岡兵吉の伝記と幻の著とされていた『日本按摩術』を一部現代用語に修正して併せて復刻版とし出版されたものである。

―目次―

『富岡兵吉先生の思い出』
1.爪みがき
2.山で鍛えた
3.幼少年の頃
4.学ぶ 一
5.学ぶ 二
6.病院勤務
7.患者を診る楽しさ
8.結婚と家庭
9.東京盲学校への通勤
10.先生のお宅へ
ほか

『日本按摩術』
日本按摩術に序す
日本按摩術の序
自序
第1章 按摩術の沿革
第2章 體表における部位的名稱
第3章 按摩術の手技
第4章 按摩術の身體に及ぼす作用及び其の効果
第5章 按摩術の應用(身體各部の按摩術)
第6章 按摩術施行上の注意
第7章 實地應用の数例

買って読んでみました。
漢字などルビなどあったので読みやすかったです。
西洋医学的な言葉で表現されています。

現代語訳按腹鍼術按摩手引 全

按摩研究第一人者の和久田先生訳による1冊

原著「按摩手引」は1799年に成書された。
民間で広く普及していた按摩を本来の医療的な姿に戻そうとすべく発刊された。
本書は天保6年(1853)河内屋和助版を元に安政3年(1856)に改正されたものを底本とし、現代語に訳して、原本の誤りは訂正して注記した。

鍼灸按摩史論考 長尾榮一教授退官記念論文集

元筑波大学理療科教員施設施設長の長尾榮一教授を中心に按摩の「医学史」に関しての小論文をまとめたものです。
貴重な按摩の資料の1冊です。

江戸幕府における鍼科と盲人鍼科登用に関する研究
杉山三部書における治療体系の研究
杉山和一没後三百年祭に思う
江戸時代按摩手技の文献的考察
日本按摩の文献的研究
マッサ-ジの日本伝来
マッサ-ジの意味
反射帯マッサ-ジ

鍼灸按摩史論考 長尾榮一教授退官記念論文集

これらは公益財団法人杉山検校遺徳顕彰会で行われている学術講習会などで手に入れることが出来ると思います。

按摩関連参照資料

按摩の資料は多くはありません。
大正時代以降発刊された本の多くは按摩=マッサージの紹介本です。
最近国会図書館の近代ライブラリーで興味深い本などもデジタルで公開されるようになりました。

リンク先「国立国会図書館デジタルコレクション
リンク先「京都大学貴重資料デジタルアーカイブ

京都大学附属図書館所蔵富士川文庫セレクト「按摩手引」「導引口訣鈔」

(按腹鍼術)按摩手引 / 藤林良伯著, 1835. [1 /32]

導引口訣鈔 2巻 宮脇仲策(養陽子)著 — 正徳3年

按腹図解 図書 太田晋斎 著 (斎藤儀蔵, 1887)

皇漢医学及導引の史的考察. 上巻 図書 石原保秀 著 (鳳鳴堂書店, 1933)

古今導引集 図書 大久保道古 編[他] (京都鍼灸振興会, 1937)

按摩のしおり 図書 中原貞衛 編 (吐鳳堂, 1905)
医療機関で行われ始めた西洋マッサージ術の紹介本

家庭按摩読本
貴重な日本按摩の資料。写真で紹介しています。

指圧療法原理. 上巻 (手指を以てする各種療法,流派の綜合理論)

指圧療法秘伝書 : 図解説明無薬医術

通俗按摩術講話

按摩の歴史の著述は興味深いものがありました。